調布市は、東京都のほぼ中央、多摩地区の南東部に位置し、新宿から特急で16分と都心へのアクセスが良く、自然豊かなまちです。現在、調布市内にはたくさんの映画・映像関連企業が集まっています。
そのきっかけとなったのは、昭和8年(1933年)に、日本映画株式会社が京王電気軌道多摩川原駅(現在の京王多摩川駅)前に開設した多摩川撮影所でした。撮影所がこの地に作られた理由は、後に調布市長となり、「カツドウヤ市長」と呼ばれた本多嘉一郎の回想によると、「時代劇・現代劇どちらの撮影にもふさわしい自然環境やフィルムの現像に欠かせない良質な地下水があった。」とのことです。
昭和9年、関東大震災で被災した向島撮影所に替わる撮影所用地を探していた日本活動写真株式会社が多摩川撮影所を買収、日活多摩川撮影所が開設されました。
昭和17年(1942年)には、国策により日活の製作部門と新興キネマ、大都映画が合併して大日本映画製作株式会社(大映)となり、日活多摩川撮影所は大映撮影所になりました。
戦時中、映画の配給を行っていた日本活動写真株式会社は、日活株式会社に社名を変更、映画製作の再開を決定し、調布町下布田(現染地2丁目)に新たに撮影所用地を取得、昭和29年3月に東洋一を誇る撮影所が完成しました。
昭和30年代の日本映画全盛期には、大映、日活に加えて独立プロダクション系の株式会社調布映画撮影所(現多摩川2丁目あたり)の3か所で映画が制作されるという活況を呈し、調布は「東洋のハリウッド」にたとえられました。
これを記念して、かつて大映撮影所の敷地内だった多摩川5丁目児童遊園の一画には、「映画俳優之碑」と「調布映画発祥の碑」が建てられています。市内には他にも、調布駅東口に日活100周年を記念して作成された、往年の日活俳優・監督総勢64名の「手型モニュメント」の展示、鉄道敷地公園には、映画『大怪獣ガメラ』に登場するガメラの銅像など映画に関わる貴重な品々を見ることができます。
また、現在では、プロの映画監督の指導のもと映画作りを体験する、小学生を対象とした「子どもたちと映画寺子屋」や中学生を対象とした「調布ジュニア映画塾」、高校生が制作した作品をプロの映画関係者が審査をする「高校生フィルムコンテストin映画のまち調布」、そして、映画のつくり手にスポットを当てた映画祭「映画のまち調布 シネマフェスティバル」など、「調布ならではの魅力でみんなをわくわくさせる、にぎわいのあるまち」を目指し、様々な世代に合わせた映画・映像に関連するイベントを数多く開催しております。
調布市内には、映画・映像関連企業が集積し、昭和30年代には東洋のハリウッドと称されていました。現在はその映画資源を活用し、「映画のまち調布」事業を推進しています。企業間の業務連携を図り、市内外の方へより一層「映画のまち調布」をPRするため、「映画のまち調布」ガイドブックを作成しました。
※現在は配布を終了しています。